きのくに子どもの村学園に編入した話|灘・東大へつながった短期間の原体験

きのくに子どもの村学園に編入した話|灘・東大へつながった半年間の原体験
かまどから始まった
土を固めて作ったかまどに、火を入れる。
煙が上がり、やがて米の炊ける匂いが広がってくる。その米は、自分たちが田んぼで育てて、刈り取って、脱穀したものだ。炊事場も、自分たちで作った。
「いただきます」と手を合わせたとき、食べるという行為の意味が、はじめて体に入ってきた気がした。
あの経験が、僕の「生活の原体験」だと今も思っている。
きのくに子どもの村学園とは
和歌山県橋本市の山奥にある、私立小中学校だ。
「日本一自由な学校」として、これまで数々のメディアに取り上げられてきた。現在は全国に姉妹校が広がっている。
学校の教育方針は、三つの原則にまとめられている。
自己決定——学習計画も行事の立案も、子どもと大人が話し合って決める。自分の入るクラスも、自分で選ぶ。
個性化——年齢が同じだからといって、同じことを同じペースで学ぶ必要はない。一人ひとりの違いと興味が尊重される。
体験学習——時間割の半分は「プロジェクト」と呼ばれる体験活動が占める。本やドリルより、実際に作り、動き、調べることが優先される。
父が図書館で借りてきた一冊の本でこの学校の存在を知り、編入することになった。
半年間の記憶
ファームというクラスで
僕が所属したのは「ファーム」というプロジェクトだった。
農業を中心に、土と食と生活をテーマにした活動が続いた。かまどを作ってご飯を炊いたのもこのクラスだ。地域の住民を訪ねて郷土料理を教えてもらったり、古民家に泊まって昔の暮らしを体験したりもした。
宿泊遠足で訪れた古民家で、地元のおばあちゃんたちと一緒に「めはり寿司」を作ったことがある。高菜の漬け物でおにぎりを包む、紀州の郷土料理だ。台所に漬け物の香りが満ちていた。できあがったものを頬張ったとき、料理というのは人と場所と歴史がひとつになったものだと、子どもながらに感じた。
他のプロジェクトでは、羊を育てて毛を刈り、洋服を編んでいるクラスがあった。小屋を設計して自分たちで建てているクラスもあった。粘土を山から取ってきて土器を焼くクラスもあった。
休み時間に校内を歩くたびに、どこかで何かが作られていた。子どもたちが本気で何かに取り組んでいる場所だった。
先生が、楽しそうだった
印象に残っているのは、先生たちの表情だ。
誰もが心から学園生活を楽しんでいた。子どもに教えることを、仕事としてではなく、自分の喜びとしてやっている空気があった。
だから子どもも楽しかった。笑顔が多い場所だった。
寮生活と、週末の発熱
寮に入り、親元を離れた生活だった。
寂しさはほとんどなかった。きのくにでの体験が新鮮で強烈で、毎日があっという間に過ぎていった。
ただ、週末に実家に帰るたびに熱を出していた。本人は気づいていなかったが、体はどこかで疲れをためていたのだと思う。家の布団に入ると、張り詰めていたものが一気に緩んだのかもしれない。
寮の公衆電話のそばで、泣きながら親に電話している同級生を見たことがある。知らない土地で、知らない人たちの中で、毎日を過ごすのは、子どもによっては相当な負荷になる。楽しい体験の裏で、静かに消耗していく子もいる。これは覚えておいてほしい。
半年で戻ることになった理由
親が、寂しさに耐えられなくなった。
一人息子の顔を毎日見られない日々が、想像以上につらかったようだ。「息子に最高の体験をさせてあげたい」という思いで送り出したものの、いざ始まってみると、その気持ちを上回る寂しさがあったと後から聞いた。
僕自身は、自然に受け入れた。
親を悲しませたくなかった。それ以上に、家に戻れば父と母がいる。一緒に過ごせる時間が増える。それが素直にうれしかった。
地元の公立小学校に戻ってみると、学力テストの結果はクラスの底辺だった。きのくにでは教科書を使う授業がほとんどなかったから、当然といえば当然だ。
そこから家で特訓した。数ヶ月後には、クラスのトップになっていた。
体験で培った「自分で考えて動く力」が、勉強にも働いた。きのくにで過ごした半年間は、無駄ではなかった。
再び、自由を求めて
その後、中学受験をして私立中高一貫校に進んだ。
しかし待っていたのは、詰め込み教育だった。
毎日の大量の課題、土曜授業、日曜のテスト勉強。きのくにで知った「自分で決めて動く」という感覚とは、真逆の環境だった。
これじゃない。
そう思うのに、時間はかからなかった。
自分で決めて、その学校を辞めた。そして独学で、灘高校に合格した。
「日本一自由な小学校」から「日本一自由な高校」へ。遠回りに見えて、一本の線でつながっている気がしている。
きのくにへの編入を考えている方へ
メリットとデメリットを整理しておく。
メリット
きのくにの体験は、本物だ。教科書では学べない「生きた知恵」が体に入ってくる。子どもの自主性、判断力、他者と協力する力が、日常の中で自然に育まれる。先生が本気で楽しんでいる環境は、そう多くない。
デメリット
寮生活による親子の分離は、家族全員に負担がかかる。子どもが強くても、親が持たないことがある。授業料を含めた費用も安くはない。転入・転出のたびに学力面でのギャップが生じるリスクもある。
まずは見学に行ってほしい。
疑問は紙に書き出してから訪問する。実際の子どもたちの表情を見る。先生と話す。それだけで、自分の家庭に合うかどうか、かなりわかってくる。
もし入ってみて合わなければ、戻ればいい。僕がそうしたように。
人生は一度きりで、選び直せる。





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