【父が語る】中学受験体験記|灘東大に行く前の壮絶な物語【東大寺・西大和】

中高一貫校

こんにちは、GAKUです。

書類整理していると、私の中学受験時代のものが出てきました。

そのなかに父が書いた受験体験記がありましたので載せておきましょう。

  • 管理者GAKUの受験対策を参考にしたい
  • 受験期直前の過ごし方が知りたい
  • GAKUのお父さんの文章を読みたい

そんな方は今回の記事が役に立つはずです。

いま振り返って見ると懐かしさがこみ上げてきますね。

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【お知らせ】毎日更新の短文日記を始めました。

これが、私の人生

本題に入る前にささっと、自己紹介させてください。

私の人生は受験まみれでした。

  • 小学受験?で日本一自由な小学校に編入。
  • 中学受験で、関西の灘を除いたトップ6校全てに合格。
  • 高校受験で、灘に合格。
  • 大学受験で、東大に合格。
  • 大学院受験で、東大院に合格。

3〜4年おきに受験の連続です。

両親は、呆れるどころか、結構応援してくれました。

いや、結構どころか全力で応援してくれました。

息子視点で教育・子育てについて語る(日本唯一の)ブログです。

親の子育てで良かったこと、役立ったことをどんどん書いていきます。

↓まずは以下の記事から!

受験生の四季|父が書いた受験物語

題名は『受験生の四季』とつけられていました。

私は小6のときに少し進学塾にお世話になっていました。

基本的に講習会を中心に通っていました。

明確な理由は覚えていないのですが、おそらく私が行きたいと言い始めたのだと思います。

(模試を受けた際に、入塾して欲しいとせがまれていたのもあるかもしれません)

それでは本文へ参りましょう!

春、〇〇塾と出会う。

息子が〇〇塾の模試を初めて受けたのは、今から1年前の2月5日でした。

それまでは、自学自習用の教材を使ってひとり黙々と勉強をしていました。ひとり勉強を始めたのは、2年生のときです。算数と国語を週に2回していました。このころはまだ中学受験を考えていませんでしたが、標準用問題集は易しいので、受験用の問題集を併用していました。3年生3学期から理科の勉強を始めました。私立中学への進学を考え始めたのはこのころです。息子はひそかに歴史年表のような1枚の紙に計画を書いていました。3年間の勉強計画をぐるぐると巻物のように丸めて筆箱に忍ばせていました。4年生1学期で標準用の6年算数の問題集を仕上げました。4年生2学期から社会の勉強を始めました。勉強法も自分で考えていました。算数は、例題を解き問題に対する考え方を理解し、類題で練習。理科・社会は事典で調べながら勉強。国語は解説集がくわしかったので、問題を解いたあとそれを読んでいました。時間をかけて納得のいくまで考え続けていました。学年が上がるに従い、勉強時間が増えていきました。5年生になり、月曜日から金曜日までは1日4時間、土曜日は6時間と自分で勉強時間を決めました。日曜日は勉強を休んで山に登りました。

〇〇塾の試験を初めて受けた翌日、先生から講習会の打診がありました。授業は、国語・算数・理科の3科目週3回でスタートしました。自分ひとりでしてきた勉強と違って、決められた時間内で問題を解くことに戸惑っていました。しかし、息子は懸命に頑張りました。毎朝続けていた登校前の1時間読書を、算数の計算と漢字の練習に変えました。休日は10時間勉強しました。大好きな登山も昆虫採集も将棋も、入試が終わるまでしませんでした。宿題の量が一気に増えました。次から次へと配られるプリントに「流れ作業のような勉強やな」とつぶやいていました。(←管理者ガク追記:本当に無駄が多すぎる…)睡眠時間は8時間と決めていましたが、7時間30分に減らしました。

先生方からいただいたプリントの束に先生の名前をつけて「○○プリント」などと呼んで、こつこつ仕上げていました。それらをひとつひとつ解く過程で、徐々に力がついていきました。

夏、日々の勉強を続ける。

1ページ1ページ本を読み進めるように、一歩一歩山頂を目指して山道を歩くように、一日一日着実に勉強を続けました。プリントは科目別·講座別に綴り紐でとじて、積み上げていきました。

息子の部屋には、私が作った木の本棚が3つ置いてあります。1つ目の本棚には今まで読んできた本が並べられています。2つ目には、これまで勉強してきた問題集が置かれています。こうすることでこれまでこなしてきた勉強量が目に見えてわかります。そして3つ目には現在している問題集やプリントを入れてあります。こうしておくと、自分の現在の状況を一目で把握するのに役立ちます。(←管理者ガク追記:大学受験生にも全力でおすすめ。

5年生の1月までずっとひとり勉強をしていた息子は、考える調練を充分していましたが、暗記と反復練習はしていませんでした。覚えなければならないことが山のようにあります。国語のことわざ。・慣用表現、社会の西暦・用語…。そのうえ、社会の用語はすべて漢字で書かなければいけません。これらを短期間のうちに暗記しなければなりませんでした。春から夏までの4ヶ月間、あらゆる単語を暗記し直すのに苦闘が続きました。みんなはすでに覚えている、しかし、ぼくはまだ覚えてない。口には出しませんでしたが、息子はそう思っていたようです(←管理者ガク追記:全然思ってなかったですよ)。弱音を吐くこともなく、持ち前の集中力と根気強さで克服していきました。そして、算数の計算スピード。速く計算することも訓練していませんでした。「計算のめっちゃ速い子がいる」と言っていました。計算スピードを上げるために、毎朝、ストップウォッチを使って練習したこともあります。中学受験に必要な瞬発力は〇〇塾で競い合うことによって鍛えられて行きました。

夏期講習では、さらに大量に課題が出されました。それらを苦にもせず、ひとつひとつ仕上げていきました。鼻歌まじりに問題を解いているときもありました。新しい友達もできたようでした。講習会から帰ってきて、仲良くなった友達の話をひとしきり聞かせてくれました。切磋琢磨しながら勉強するのを楽しんでいるようでした。〇〇塾に慣れた息子は夏期講習が終わったとき、「思ったより楽だったな」と言っていました。毎夏、家族でキャンプをして日本アルプスの山々に登っていましたが、この夏休みは家で勉強です。講習会が休みの日も、7時起床11時30分就寝の生活習慣を続けました。息子が庭で育てていた野菜が実り、とれたてのピーマン、いんげん、ゴーヤーなどが食卓を彩りました。

息子は本や新聞で見聞きしたことを素直に実行していました。「頭の働きがよくなるから」と言って、勉強を終えて寝る前にコップ一杯の牛乳を飲むのを習慣にするようになりました。

秋、志望校を決める。

5年生の1月までに岩波少年文庫を中心に本の世界を広げていました。そんな息子が国語の成績が思うように伸びないことに悩んでいました。息子の読んだ本が並んだ書棚の前に立ち、「これだけの本を読んで来たんだ。〇〇塾生でこれだけ読んでいる子どもはおそらくいないだろう。読書量では誰にも引けをとらない。自信を持っていいぞ」と励ましたことがあります。

10月6日、大阪星光学院の説明会に親子3人で行きました。天王寺駅に降り立った息子は、見上げるばかりの高層建築、激しい往来を見て、「変わった町やな」と言いました。少年期に山や川や海に親しんできた子が、初めて都会の喧騒を目の当たりにした日でした。明くる日、初めて都心部で開かれた模試に参加しました。やっぱり大阪は変わってるな、と言っていました。

庭にあるひともとの柿の木がたわわに実をつけていました。 2年生のときに息子が植えました。初めて結実するまで立派に成長しました。

冬、力を試す。

11月下旬、〇〇先生に東大寺学園の受験を勧められた、と興奮気味で息子が帰って来ました。11月から12月にかけて、毎週のように様々な模試が行われました。力が発揮できたときもあり、そうでないときもありました。どんなことがあろうとも息子の意欲は挫けませんでした。私は入学する意思のない学校を受験することに気が進みませんでした。しかし、息子は「挑戦したい、勉強して来た力を試したい」と言いました。(←管理者ガク追記:塾に洗脳されていた気がする…

12月の暮れごろ、今まで試験のたびに緊張して不注意な間違いをしていた息子が、緊張しなくなった、と言いました。

私の家には、ゲーム機もDVD もありません。クラシック音楽を聴くのを楽しみにしています。

新年を迎えたころ、「頭の回転がよくなるんだ」と言って、息子はモーツァルトばかり聴き始めました。

1月19日、学んできた力を試すときが訪れました。マネージャー役の妻が立てた計画に従っての行動です。連日、北へ南へと受験の旅が続きます。払晩、家を出て試験会場に向かいます。人事は尽くしました。あとは天命を待つばかりです。21日、大寒。どおりの寒い日でした。彼方に連なる山脈が雪化粧していました。〇〇中学校で1029 の受験番号を見た瞬間、息子が机に向かって勉強している数々の場面が記憶の泉から一気に湧き出てきました。その間際、「よいしょ、よいしょ」と言いながら、小さな足で山道を登っている幼い息子の姿が浮かんでは消え、浮かんでは消えていきました。熱いものが胸に込み上げて来ました。23日、〇〇学園に合格した、という公衆電話からの妻の声がはずんでいました。お母さんの目に涙が光っていた、と夕食のとき息子は頬を紅潮させながら話しました。27日、洛星中学校合格の知らせをいただきました。その日の午後、すべての入学試験に合格できたことを祝い、ケーキを作りました。これで息子の中学受験物語は終わりました。

こつこつと努力を積み重ねて来た、一所懸命勉強してきた、そして、その成果が得られたことに、息子は自信をもつことができました。

息子は自分が見聞きした言葉すべてを素直に受け止め、それを勉強するエネルギーに変えていきました。そして、息子の活力の源になった軽食のサンドイッチ、工夫を凝らした献立のおむすびの弁当をすべて手づくりしていた妻にも感謝します。

地球が太陽の周りをひとめぐりしました。勉強に明け暮れた1年でした。入試が終わって、朝のひとときは、読書の時間に戻りました。

今日は2月4日、立春。また、新たな四季物語が始まります。

最後に

うまく自然の移り変わりと、受験生の一年を対応させているあたりが父らしいです。

この後、もっともっと壮絶な物語が始まります。

人生何があるかわからないです。

余談

受験業界は闇が深いです。

ビジネスとして成立しているため、良好な教育などあり得ません。

すべて甘い言葉と巧みなセールストークで丸めているだけです。

汚い言葉で言うと、成績が下位の子どもたちからお金を搾取して上位の子どもへ回すということをしています。

これは中学受験だけではなく、あらゆる段階の受験で当てはまります。(経験済み)

私はいわば「よそ者」でしたが、塾にとって利益につながるとわかるとさまざまな待遇を提案してくれました。いわゆる難関校向けの特訓は無償で提供されました。他府県への受験および宿泊に関わる費用はすべて出してくれました。私の父はこれをひどく嫌っていました。ですから、私が6校も出願したことについて本当は快く思っていません。実は上記の文章も塾にせがまれて書いただけのものです…。(ああ、こんなこと言わなければよかった。でも参考になるので載せておきます)

余談2

Google Lensって本当に素晴らしい技術を使っていますね。

今回の受験体験記はデジタルではなく印刷されたものだったのですが、Google Lensアプリをスマホにダウンロードしてかざすだけで、すべてデジタル文字に変換してくれます。

プリント類のデジタル化を手早くすませたい場合は、是非ともGoogle Lensを活用してください。

それでは!




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