豊かな食卓が全て。灘東大合格を支えた母親

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こんにちは、ガクです。

何よりも手料理が好きです。

「中学受験は親が9割」という言葉があります。

まさにその通りです。

親の助けがあってこそ、成功します。

さて、

どのようにして我が子を支えればいいの?

って思いませんか?

私の母は手料理という形で応援してくれました。

母は全力で料理に励みました。

私は全力で食べました。

そんな毎日が幸せでした。

それだけ?

って思うかもしれませんが、

それで大丈夫。

私の家庭が最も大事にしていたのが「食」なんです。

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母の手料理をまとめました。
今日の料理に迷ったらご参照ください。
ご飯、できたで!
↑ 料理は素晴らしいけど、サイトは手抜きなのでがっかりしないで^^)/
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「食」にこだわった父

父は本当にこだわりの強い人です。

何よりも質を重視しました。

食事もその1つです。

まずは「環境」を整える

ここぞというときに、手の届く範囲で最も良いものを選びました。

父が今までお金をかけてきたものは、

  • 食卓テーブル
  • 食卓照明
  • 居間の壁(国産無垢材)
  • 毎日使う食器
  • 毎日使う箸

時間もお金も惜しまずに投資しました。

連日のように奈良へ、和歌山へ出かけたようです。

パンフレットを取り寄せては実物を見に行きました。

「紀州で育った大木で造られたテーブル。これが欲しい」ということで、念入りに品定めをしたようです。

  • 毎日使うものは上質なものにする

というのがモットーだったようです。

食卓照明は(時代遅れの)白熱灯を使い続けていました。

ほんのりと柔らかな光が食事を引き立たせるらしいです。

これは確かにその通りだと思います。

私も白熱灯の明かりが大好きでした。

食卓と兼用になっている居間の壁にもこだわっており、こちらも吉野杉と檜をふんだんに使っています。

木の食器や箸も愛用していました。

つまり、

  • 食事をする環境から入った

わけですね。

(ちなみに浪費家ではありません。車は安いのを何年でも乗り続けます笑)

手料理が基本

  • 既製品は買わない
  • 添加物が多いものは避ける

これが基本でした。

古代ギリシャの医者であるヒポクラテスは

  • 汝の食事を薬とし、
  • 汝の薬は食事とせよ

という名言を残しています。

まさにその通りです。

食がしっかりしていると、健康を崩すことがありません。

あらゆることがうまく回ります。

具体的には次の項目を守っていました。

  • 外食はしない
  • どうしても外食するときは、個人経営の店など(ファストフード以外)
  • 弁当に冷凍食品は入れない(←前日夕食の残り物をよく入れてました)
  • つゆ・たれ・ドレッシングは自分で作る
  • カップ麺は食べない
  • 出前も頼まない(年に1,2回の寿司を除く)
  • パンは信頼できるお店から買う
  • 外国産の食材は買わない
  • ……

とにかく健康に気を使っていました。

本や新聞を読んでいて食のことが書かれてあるとコピーをとったり、メモしたりしていました。

母は半ばあきれていましたが、父のアドバイスに素直に従っていた感じですね。

そしていまでも、父は自分でゴマをすりおろしたり、玄米を水につけたり…。

けっこうマメに料理に参戦しています。

食卓は家族交流の場

父親のこだわりはまだまだ続きます。

  • 食事は家族そろって食べる

ということが夢だったようです。

わざわざ独立して、時間を自分で調整できるようにしました。

おかげで

  • 夕食は18時に家族みんなで集まる

というずっと思い描いていた生活が可能になりました。

これによるメリットは数え切れないほどあります。

その最たるものが、

  • 家族団らんの場として機能していた

ことでしょう。

私はその日に学校で起こったこと、学んだことをひとしきり話しました。

嬉しそうに聞いてくれる両親がいたから、張り切って話しました。

今日学んだことを話している時は父も相槌を打ってくれます。

  • すごいなぁ
  • どうしてそうなるん?

といろいろ話が膨らんでいきます。

理由を説明することで論理的思考の鍛錬やアウトプットの練習にもなりました。(当時の私はそんなこと考えていませんでしたが)

また広い食卓は、

  • 工作をして遊ぶ
  • 教材を並べて勉強する

など、単に食事をとる以外にも大いに役立ちました。

立派なテーブルを選んだ父はやっぱり先見の明があったように感じます。

【テスト編】勝負メニュー

私の家庭には

  • 勝負メニュー

なるものがありました。

つまり、

大事なときに全力を発揮できるような縁のいい食べ物

のことです。

試験があるときは決まって同じものがお弁当に入っていました。

それが

  • 鶏ささみチーズフライ

です。

これは従兄弟のお母さんが教えてくれた料理で、

  • これを食べたから〇〇中学受かった

らしいのです。

さてさて、

これを真に受けた母はさっそく作るようになりました。

私が畳み掛けるように

  • 母さん何これ、めっちゃうまいやん

と言ったものですから、即座に定番メニューに昇格です。

ことあるごとに鶏ささみチーズフライが提供され、入試本番でもお弁当箱に入っていました。

レシピは簡単。

3ステップで出来上がります。

  1. 鶏ささみを切り開く
  2. 青じそとチーズを挟む
  3. 衣をつけて揚げる

本当に美味しかったです。

とろりとしたチーズと青じそ(大葉)がよくマッチしました。

今でも鶏ささみチーズフライを食べると、なぜかやる気が湧いてきます。

そして中学受験の頃を思い出すのです。

*「鶏ささみチーズフライ」は母が勝手につけた名前です。

 

追記
そういえば、牛肉と玉ねぎを炒めてタレで絡めたものもよく食べていました。
誰でも作れる料理でしたが、「子どもが気に入れば、それでいいのよ」
母ならそのように言うと思います。

【日常編】私が好きだったメニュー

好き嫌いはありませんでした。

強いて言うなら、ラッキョウが苦手でした。

それを除けばなんでも大丈夫です。

親が作ってくれたものは、かけら1つ残さず食べました。

全てが好きでした。

でも、その中でも好きなものを選ぶとすれば…

あ…。

ごめんなさい。

選びきれないです。

思いついたら追記します。

とにかく、料理毎日作ってくれてありがとう。

【番外編】東大生の私がいつも自炊しているメニュー

いやもう…、

恥さらしもいいところですね。

でもこれだけは褒めてください。

私はいまでも全ての食事を自炊で済ませています

(食費めちゃ浮く。うれしい)

定番メニューを一挙に並べましょう。

  1. 自家製鶏ハム(春・夏・秋)
  2. 鍋物(冬)
  3. 季節のもの(山菜やイワナ・ヤマメ、きのこなど)

いつもこのような感じでぐるぐる回しています。

自家製鶏ハム

鶏胸肉を大量に(1回につき2〜2.5kgも)買ってきて、下調理をします。

胸肉の塊を開いて味噌と醤油で味付けをして冷蔵庫で一晩寝かせます。

味がしみこんだらそのまま加熱調理するか冷凍保存します。

調理後は細かく切り分けてお弁当に詰めます。(←野菜、鶏ハム、卵、納豆、おにぎりだけ)

  • ボディビルダーの食事みたいだな

と教授からも同期からも言われますが、気にしない。

栄養が取れて、健康に良くて、準備片付けが楽。

それが長続きのコツだと思っています。

身体を丈夫にしようと思って高タンパク質メニューを心がけています。

ジムに通わない、プロテインやサプリメントにも頼らない。

でも筋肉質な身体に仕上がりました。

これこそ鶏ハム(と懸垂)のおかげです。

鶏ハムしか作れないポンコツが書いたレシピはこちら

意外と美味しいんですよ、これが。

鍋物

毎日同じメニュー。

何も考える必要はありません。

キャンプ用の大鍋に鶏胸肉と野菜を大量に入れて、コトコト煮込んで、おしまい。

これで3〜4日分の食事が完成です。

冬は作り置きができるので、圧倒的に楽ですね。

ごくまれに母が電話をかけてくる時があります。

  • 母:今日何食べたん?
  • 私:鶏胸肉と大根とごぼうと人参を煮込んだやつ
  • 母:うまそうやなぁ、昨日は?
  • 私:鶏胸肉と大根とごぼうと人参を煮込んだやつ(2回目)
  • 母:え、同じやんけ笑。明日はどうするん?
  • 私:鶏胸肉と大根とごぼうと人参を煮込んだやつ(3回目)
  • 母:あんた大丈夫?

まぁ、こんな感じです。

子どもの頃と同じで、カップ麺・冷凍食品・菓子パン類には手を出さないので大丈夫。

上京してからも医者知らず薬知らずで元気満々です。

季節のもの

一気に豪華になります。

私は自然が好きですので、山の幸、川の幸は大いに利用したいところです。

特にキノコに関しては、キノコ博士の先生がいらっしゃるので楽しいです。

全身を耳にしてキノコの名前や説明を聞きながら山を歩きます。
(大学の先生を独り占めにできるのは院生の特権かもしれない)

この前もキノコ狩りに出かけて野生のキノコをたくさん持ち帰り、自分で調理しました。

あとは、登山のついでに釣り竿を振ったりもしますね。

やはり自分で釣った魚は格別です。

自給自足は敷居が高いですが憧れます。

まとめ

父はこだわりが強い人でした。

そんな父を見て

  • 面白くておかしな人

とにこにこ笑うのが母でした。

母いわく

  • 作った料理を美味しそうに食べてくれればなんでも許せる

らしいです。

私の家庭では、

  • 父→教材購入、勉強質問対応
  • 母→食事担当

といった完全な分業体制がとられていました。

お互いの担当領域に干渉しすぎることはありませんでした。

対立も起こらず、ゆったりとした幸せな時間が流れていました。

そこには、「子どもに受験勉強を頑張って欲しい」という気配は片鱗も見られず、

  • 健やかに育てばそれで充分

ただその想いだけが満ちていました。

そしてその想いは、

母の手料理を通じてしみじみと伝わりました。

口に出して言わなくても、

料理で伝えられることはたくさんあります。

そう感じました。

母よ、ありがとう。

 

私の父はこんな人です↓

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