東大生が語る!子どものうちに絶対しておきたい2つのこと|直接体験と異質との出会いが人生を変える

居間の一辺が、虫の飼育ケースで埋まっていた。
繁忙期には玄関や軒先にまであふれ出した。別の一辺は水槽が並び、川魚やメダカ、両生類が泳いでいた。庭には山から持ち帰った植物を植え、数年後には2階の高さまで育った。
それが私の子ども時代だ。
「子どものうちに何をしておけばいいですか?」と聞かれたとき、私はいつもこう答える。
本物の体験を、たくさんしてください。
なぜ「直接体験」がそこまで重要なのか
年月が経っても絶対に減らないものが一つある。経験だ。
知識も学力も体力もお金も、衰えたり消えたりする。でも経験だけは残る。他人から奪われることもない。経験の豊かさは、そのまま人生の充実につながる。
今の子どもたちは情報が豊富だ。スマートフォン一台で世界中の知識にアクセスできる。ひと昔前と比べると、相当な「物知り」に育っている。
でも、画面を通して得られたものは全て間接体験だ。五感をフルに活用した直接体験には、遠く及ばない。
脳科学的根拠——マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究では、直接的な探索体験を通じた学習が、受動的な情報受容より前頭前野の活性化が高く、記憶の定着と創造的思考への転用が優れていることが示されている。また、自然体験が子どもの注意回復力を高めるという「注意回復理論」(Kaplan, 1989)も確立されている。自然の中に身を置くことで、疲弊した認知機能が回復し、集中力が再び高まる。
テレビやYouTubeで山の映像を見ることと、実際に山を登ることの違いは、脳への入力の深さで測れない差がある。汗、風の匂い、岩の感触、足の疲れ——五感が動員されるほど、記憶は深く刻まれる。
私の直接体験:昆虫園・水族館・植物園を自作した話
「小さな動物園を作りたい」と本気で思っていた。
動物園は断念した。でも昆虫園と水族館と植物園は完成した。
居間の一辺を飼育ケースで埋め尽くした。卵から成虫まで育てることに本気でこだわっていたから、一年中この状態だった。繁忙期(羽化のシーズン)には玄関や軒先にまであふれ出した。川魚やメダカ、両生類が泳ぐ水槽が別の一辺に並んでいた。
庭には山から持ち帰った植物を植え続けた。幼稚園の頃に拾ってきたドングリが、数年後には2階の屋根を超す高さになった。木々が育つと野鳥が巣を作り、虫が集まり、小さな生態系が生まれた。家庭菜園では栽培している品種の自給率100%を超えた。高校に入ってからは挿し木で花を大量に増やした。
上京した後、居間の水槽と飼育ケースは全て撤去されて観葉植物に置き換わった。
その知らせを聞いたとき、少し悲しかった。でも今でも、あの居間の光景が私の原点だと思っている。ゲームもおもちゃもなかったが、生き物の世話だけは全力で応援してくれた両親に、心から感謝している。
もしこれが画面を通した間接体験だけだったら——生態系の仕組みを動画で見ていただけだったら——今の私はいないと確信している。
「異質なもの」との出会いが人間を広げる
子どものうちにしておきたい2つ目は、異質なものとの出会いだ。
私は振り返ると、こう挑戦してきた。小学時代は好奇心の限界に挑んだ。中高時代は学力の限界に挑んだ。大学の学部時代は体力の限界(登山)に挑んだ。
限界に挑戦するたびに、未知の世界が開けてきた。
ただ、一つだけ悔やむことがある。異質なコミュニティと関わろうとする行動力が足りなかったことだ。
人見知りで恥ずかしがりな性格のため、異分野との交流がほとんどなかった。自分の興味関心の中(コンフォートゾーン)だけで生きていた。虫に詳しい昆虫少年が、山に詳しい登山者になり、数学に詳しい研究者になった。でも「外側の世界」を意識的に見ようとしなかった。
良くいえばスペシャリスト。悪くいえば世間知らずだ。
心理学的根拠——「コンフォートゾーン(快適領域)」を意識的に超えることで、新しい神経回路が形成され、認知の柔軟性が高まることが神経科学の研究で示されている。異質な人・場所・文化との接触は「多様な視点取得能力」を育て、問題解決の創造性を高める。人類がコミュニティを形成して協働することで他の生物では成し得ない発展を実現できたのは、この「異質との統合」の力によるものだ。
また、米国の社会学者マーク・グラノヴェッターが提唱した「弱い絆の強み」理論によれば、新しい機会や情報は親しい友人(強い絆)よりも、異なる分野の知人(弱い絆)を通じてもたらされることが多い。子どもの頃から異質な人間関係を持っておくことは、将来の可能性を広げる。
では、具体的に何をすればいいか
「直接体験」と「異質との出会い」——この2つを意識して子ども時代を過ごしてほしい。
直接体験のためにおすすめしたいのは、自然との接触だ。山でも川でも畑でも、どこでもいい。画面の前でなく、外に出る。手を汚す。汗をかく。そこで得た感覚は、何十年後にも体の奥底に残っている。
異質との出会いのためには、自分と違う世界に一歩踏み出す勇気が必要だ。違う学校の子どもと遊ぶ。大人のコミュニティに混じってみる。旅先で初めての体験をする。小さな一歩が、世界の見え方を変える。
どちらも、準備が面倒で時間がかかる。ネットを見ている方が楽に決まっている。
でも、その面倒くさい体験だけが、本物の人間を作る。
私はそう信じている。





コメント