医学部と東大を迷いに迷って、東大を選んだ理由

高3の12月、私は毎日夕食のたびに志望校が変わっていた。
「やっぱり阪大医学部にする」「いや、東大にしよう」「でも医者になりたいのか自分……?」
家族は呆れていたと思う。入試まで2ヶ月を切っているのに、本人が一番ふらふらしていた。
かっこいい話ではない。でも、これが正直なところだ。
そもそもの始まり:中学入学時は昆虫研究者志望だった
中学に入ったとき、将来の夢は昆虫の研究者だった。だから東大理Ⅱ(生物分野)を目指していた。
ところが、大学生のいとこから医学の話を聞くうちに、医学部にも興味が湧いてきた。私はいとこを尊敬していた。中学受験のときも、いとこが通っていた学校を目指したくて勉強を始めた。今回も同じだった。「尊敬する人が進んだ道だから、自分も」という単純な動機だった。
それに、どうせ受験するなら難しい方がいいという気持ちもあった。こうして東大理Ⅲを目指すことになった。
灘高入学後:母の言葉で現実を知る
灘高に入っても、東大理Ⅲ志望に変わりはなかった。周りも医学部や東大を目指す生徒が多く、迷いはなかった。
しかし、ある日、母から言葉が届いた。
「上京する資金が用意できない。できれば関西の大学に進んでほしい」
一瞬、頭が真っ白になった気がした。でも、簡単には諦めたくなかった。高校生のうちにウェブサイト制作の仕事を始めて、自分で上京資金を稼いだ。「これで大丈夫だ」と思っていた。
ところが、今度は別のことが起きた。
祖父母の介護が重なり、更年期も重なり、「一人息子が親元を離れることへの不安」から母が体調を崩してしまった。家族の健康が第一だ。高3になった時点で、志望校を阪大医学部に変更した。
これで決まった、と思っていた。
そして自分を見失った
高3の秋、父の机の上に一冊の本があった。
ヘンリー・デイヴィッド・ソロー著『森の生活』だ。何気なくページをめくった。ハーバード大学を卒業後、森の中で2年間の自給自足生活を実践した思想家の言葉が、次々と心に刺さった。
読み終えたあと、自分の中に問いが生まれた。
「自分は本当に医者になりたいのか?」
正直に答えようとすると、わからなかった。医学部を目指してきたのは、経済的な安定のためだったのか。名誉や社会的地位のためだったのか。いとこへの憧れで動き始めただけで、自分自身の意志はどこにあるのか。
受験において迷いは最大の敵だ。それはわかっていた。でも止まらなかった。
阪大医学部と東大の両方の勉強を並行して進めた。どちらにも逃げられるようにしておくための、情けない妥協だったと思う。精神的に辛かった。夕食のたびに家族に相談したが、毎日違うことを言っていた。12月の話だ。
自分を完全に見失っていた。
最終的な決断:好きな道に進めば後悔しない
迷い続けた末に、一つの問いを自分に立てた。
「10年後、後悔しないのはどちらか。」
答えは、生物分野(東大理Ⅱ)だった。
昆虫少年だった頃の自分、図鑑を読み漁っていた頃の自分、自然の中で育ってきた自分——その延長線上にある道を選ぶことにした。医学部を諦めた瞬間、不思議なほど気持ちが楽になった。
今振り返ると
あの選択は正しかったかと問われれば、正しかったと思っている。
東大では素晴らしい友人に恵まれた。多様なバックグラウンドを持つ人たちと出会い、毎日何かしら学んだ。あの環境は、医学部では得られなかったものだと思っている。
ただ、お金の話は正直に書いておく。
医学部は経済的に安定しているが、時間がない。研修医以降、月2回休めるかどうかという生活が続くことは珍しくない。「お金はあるけど使う時間がない」と知人が漏らしていた。一方、東大から研究職に進む道は経済的に極めて不安定だ。30歳手前で無給のまま研究を続けるケースも十分ある。
私は長い間「時間と心のゆとりがあれば十分で、お金はそんなにいらない」と思って生きてきた。質素でも幸せな生活は実現できると確信していたからだ。
ところが正直に言うと、最近になってお金の心配をするようになってきた。精神鍛錬が足りないのか、それとも現実が見えてきたのか。自分でもよくわからない。
迷うことは、恥ずかしくない
この記事に書いてきたことは、あまりかっこいい話ではない。
志望校が毎日変わる。自分を見失う。入試2ヶ月前に迷走する。灘高生でも、そういうことがある。むしろ、真剣に考えれば考えるほど迷うのは当然だと思っている。
東大に入った開成出身の友人がこう言っていた。「迷いながら生きるからこそ面白い」と。
その言葉は、今も頭に残っている。
進路に迷っている人に伝えたいことがある。迷っているということは、それだけ真剣に考えている証拠だ。答えは焦って出すものではない。自分の内側にある「好き」に正直になれたとき、自然と道は見えてくる。少なくとも、私はそうだった。
最後に:あの頃に響いたソローの言葉
自分を見失っていたあの時期に、心に刺さった言葉を残しておく。
「人生は、自分を見つけるためにあるのではなく、自分を創造するためにある。だから、思い描く通りの人生を生きなさい。」
ソローの言葉だ。
あの本と出会っていなければ、迷いなく医学部に進んでいたと思う。人生とは、本当にわからないものだ。





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