東大生の私が子供の頃に熱中したもの7つ|遊びが最大の先生だった

GAKU
灘高・東大大学院卒。塾も予備校も使わず、独学だけで合格した。

その勉強法を、そのまま書いている。
再現性にこだわった情報だけを出す。

灘高受験・東大受験・中学受験・きのくに。
どれも一次情報しか書かない。

よく遊んで、よく学んだ。

私の幼年時代を一言で表すなら、この言葉に尽きる。

習い事はほとんどなかった。ゲームもなかった。おもちゃもほとんど買ってもらえなかった。その代わり、時間があった。自然があった。父がいた。

遊びからたくさんのことを学んだ、というより、遊びそのものが学びだった。今振り返ると、そう思う。


目次

アウトドア

① 虫とり(0〜11歳)

私の子供時代は、虫抜きでは語れない。

昆虫図鑑は複数買ってもらった。どのページに何が載っているか、全て記憶してしまった。リビングに飼育ケースをずらりと並べていた。それだけでは場所が足りず、玄関や軒先にまであふれていた。昆虫園のようなものを本気で作ろうとしていた。

虫は卵から成虫まで育ててこそ一人前だと思っていたので、一年中そういう有様だった。母は辛抱してくれた。むしろ、私が学校から帰ると「今日、綺麗な蝶々が羽化したよ」などと言って、一緒に楽しんでくれていた。

学校から帰るとさっさと宿題を片付けて自転車に飛び乗る。虫取り網片手に日が暮れるまで粘る。泥まみれになって帰宅し、風呂を上がってからも虫を眺めていた。

小学2年生から曜日を決めて自主勉強を始めたが、勉強のない日はせっせと虫取りだった。勉強と虫取りは私の中で完全に対等だった。どちらも「自分のやりたいこと」だったからだ。

虫を追いかけた11年間は、観察力と根気と「わからないことを調べる癖」を育ててくれた。図鑑で知識を得て、野外で確かめる。その繰り返しが、科学的な思考の原型だったと今は思う。

② 山歩き・サイクリング(0歳〜現在)

父の趣味がそのまま乗り移った。

雨の日も風の日も、毎週末のように山に登っていた。0歳から背負われて山に入っていたらしく、歩けるようになってからは自分の足で登った。主な目的は昆虫採集と木の実集めだ。連休が取れるときは家族でアルプス方面へ遠出した。テントを張って、美しい星空と稜線を眺めながら眠った。

自分が根気強くなったのは登山が理由の一つだと確信している。山は言い訳を聞かない。登るか引き返すか、その二択しかない。その感覚が体に入っているから、受験でも研究でも、苦しい場面で「ここで止まらない」という意志が働く。

サイクリングも幼い頃から続けている。海にも山にも自転車で行ける環境だった。大学受験の頃、親からロードバイクを買ってもらい、1年で地域の全ての道を走破した。

大学に入ってからは山岳部に所属し、ほぼ毎週末山に出かけている。夏の間は毎朝4時に起きて自転車トレーニングをする。山と自転車は、私の「スポーツの特技」と言えるものだ。父がよく「特技を2つ持て」と言っていたが、この2つがそれに当たる。

③ 庭いじり(3〜18歳)

地方の一戸建てだったため、広い庭があった。

そこにビオトープを作り、雑木林を作り、菜園を設けた。いわば、小さな宇宙だ。

幼稚園の頃に山から拾ってきたドングリは、数年で2階の屋根よりも高く成長した。木々が育つと野鳥が巣を作り、虫が集まってきた。飛び石を設置し、柵を作り、花を増やした。通りがかりの人に褒められたことを今でも覚えている。

家庭菜園は家族に最も喜ばれた。学校に行く前に収穫するのが日課だった。インゲンは大量に収れ、近所にも配っていた。

庭という小さな宇宙を作り、育て、変化を観察する。生態系の仕組みを体で学んだ時間だった。


インドア

④ 読書(3歳〜現在)

雨の日に冒険するには、読書が一番だ。

両親から毎日絵本の読み聞かせをしてもらった。特に日曜午後の紙芝居が好きだった。図書館から大量の紙芝居を借りてきて、読んでもらった。

父は大の読書好きで毎日のように書店に通っていた。家には書庫として使っている部屋があり、壁一面に本が詰まっていた。学校から帰ると毎日新しい本が増えていた。その発見がワクワクだった。

今でも読書は続いている。子どもの頃に読んだ本の場面は、大人になってから思わぬ瞬間によみがえってくる。本とはそういうものだと思っている。

⑤ 折り紙(4〜8歳)

図書館に置いてある折り紙の本は大人用も含めて全部借りた。紹介されている作品は全て折った。幼稚園に入る頃から最も熱中し始めて、小学低学年まで続いた。

自分が作った作品を幼稚園にも小学校にも寄贈した。先生たちに喜ばれた。手先が器用になった。

折り紙は設計図通りに手を動かす訓練だ。今振り返ると、「正確に手を動かす」という習慣の起点がここにあった気がする。

⑥ LEGO(6〜12歳)

灘の同級生に聞くと、二人に一人以上はレゴに夢中だったと答える。それほど人気だ。

ただし高い。到底買える金額ではないので、全て従兄弟から譲ってもらった。私の家は書籍にはお金を使ったが、おもちゃはほとんど買わなかった。おもちゃはお下がりか、自分で作るかのどちらかだった。

レゴの最大のメリットは、空間を立体的に把握する力が身につくことだ。説明書通りに組み立てるより、自分の設計図から作品を仕上げる方が何十倍も楽しかった。「こう作れば、こうなる」という因果関係を手と頭で学ぶ。数学の空間把握や図形の感覚と、根っこで繋がっていると思う。

⑦ 工作(3〜18歳)

新聞紙から日曜大工まで、とにかく物を作るのが好きだった。

おもちゃを買ってもらえないから、作るしかない。そういう環境だった。厚紙や割り箸など身近なものを使って、昭和に発行された古いおもちゃ図鑑を見ながら作っていた。

幼い頃はcmやmmという単位さえわからなかった。作りたいものがあるから、自分で調べた。必要に迫られて学ぶ。これが最も強い動機だと、今でも確信している。この「必要から調べる繰り返し」が、算数への興味の入口になった。


振り返って:遊びが育てたもの

7つの遊びを並べてみると、共通点が見えてくる。

「想像を形にする」か「自然から学ぶ」かのどちらかだ。

レゴも工作も折り紙も、頭の中のイメージを実物として作り出す行為だ。虫取りも庭いじりも山歩きも、自然という答えのない教科書から読み取る行為だ。どちらも正解が一つではない。どちらも自分で考えなければ前に進めない。

その意味で、私にとっての最大の先生は自然だった。この感覚は今も変わらない。大学に入ってからも、自然が作り出す神秘に圧倒されながら研究を続けている。

ゲームは持っていなかった。遊びの時間を勉強に充てた記憶もない。それでも気づいたら勉強が好きになっていた。

遊びと勉強を分けて考えていなかった。それが正解だったと思う。

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この記事を書いた人

灘高・東大大学院。塾も予備校も使わず、独学だけで合格した。
数学オリンピック2回受賞。

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